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<<   作成日時 : 2006/01/15 19:46   >>

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これは、長い年月をかけて
父が完成させた作品です。


毎年、母の命日が近づくと、箱の中から大事そうに出してきて
床の間に飾っています。
父が、母のために、そして父自身のために作った作品なのです。

母の命日が近づいた今、父のことを話したくなりました。
母が亡くなって、もう随分年月が流れました。

壮絶な病との闘いを、いつも傍らで見守り続けてきた父です。
きっと、息が止まるような思いで母の姿を見てきたに違いありません。
余りの悲惨さに、「逃げだしたい!」と思ったことが何度もあったことでしょう。

でも、父は、いつも母と一緒でした。
その頃の父は、母の病気と共に闘うために
「休職」という道を選択しました。

まだ若かった母は、まさに石ころが坂道を転がり落ちるような勢いで
病魔に侵されていったからです。

母が亡くなったあと、
父には長い間放心状態が続きました。
母の介護では、あれだけ気丈な姿を見せていた父が
まるで人が変わったかのように気力が萎えてしまいました。

そんな父が元気を取り戻すきっかけになったのは
四国八十八箇所の霊場巡りでした。
歩き遍路の旅に巡り合えたことです。
あるとき、歩き遍路の旅を続けておられる方の姿がテレビで放映されました。
それを見ていた父には、心にぐっとくるものがあったのでしょう。

それから、仕事の合間を縫うようにして、何度も何度も四国に渡り
お遍路さんの旅を続けました。
私も、長期の休みのときは
何度か父と一緒に歩いたことがあります

「同行二人」……。
私は、この言葉がとても好きです。
弘法大師様の御心と一緒に歩く。。
亡くなった人を思いながら、その方の魂と一緒に歩く。
自分の心と向き合いながら、自分自身と共に歩く。。
「同行二人」の意味には色々な解釈があることでしょう。

父は、母の魂と共に歩きました。

人間の心の中に宿ると言う、八十八の煩悩・・・
煩悩と闘いながら、あるいはそれを打ち消すための遍路の旅。
無心の境地を開くための旅。
自分自身を厳しく律するための旅。。
または、内なる願い事を、何としてでも叶えたいがために歩き出す旅。

父にとっては、どんな旅だったのでしょう。
最後の最後まで苦しみぬいた母の魂を、せめて慰めてやりたい
母の魂に、すこしでも安らぎを与えてやりたい……。
そんな気持ちではなかったのかと思うのです。

父は、母の写真を首にかけて、母の魂と一緒に歩き続けました。
地元の方から、心温かい「おせったい」を随所で受けながら
心静かに旅を続けることができたそうです。
たくさんのお遍路さんと言葉をかわし、何度も慰められたそうです。
同じような立場の方にも出会えたとか……


父の旅はいったい何日かかったことでしょう。
それは、今から考えても気の遠くなるような年月でした。
総延長、1200キロから1400キロとも言われています。
よくも全てを歩き通せたものだと思います。
父の執念のようなものでしょうか。
八十八箇所全てを巡ったとき、初めて母の魂が浄化されると思ったのかもしれません。
この世に、ありとあらゆる思いを残しながら逝った母ですから。


霊場を廻るたびに、納経帳を差し出します。
各霊場の方が、流れるような達筆で納経帳に書き入れてくださいます。
各霊場の朱印を押していただき、お札と一緒に受け取るのです。

般若心経を唱えながら、父の旅ははてしなく続きました。
ベッドの上に正座して、毎日のように「般若心経」を唱えていた母です。
そんな母の姿を思い起こしながら、きっと母と一緒に唱えていたのでしょう。

遂に!本当に遂に!八十八箇所すべてをお参りした父は
仏様の様な穏かな顔をして帰ってきました。
そして、最後の旅から帰ってくるやいなや、「表装」の仕方を習い始めたのです。
納経帳を、自分の手で作品に仕上げたかったのでしょう。

父は、もともと器用な人でした。
何年か、「表装の教室」に通ううちに、いかにも実直な父らしい
丁寧な作品を仕上げることができるようになりました。

そして、表装の技術をすっかり自分のものにした父は
地になる布を心を籠めて選び
八十八箇所巡りの納経帳を丁寧に丁寧にはりつけ
大きなかけ軸に仕上げたのです。

精魂籠めて作り上げた掛け軸を、
父は今年もまた、母の遺影の後ろに静かに吊り下げました。



「これほどまでに大事にされた人がいるのだろうか。」
年を重ねるにつれて、そんな風に思うことが多くなりました。

1988年。。。
瀬戸大橋が開通した年です。
父は、またまた母の写真を首からかけて
ウオーキングに参加しました。
一日だけ、開通したばかりの瀬戸大橋を歩いて渡れる日があったのです。

穏かな瀬戸内の海や、島々が大好きだった母に
夢の架け橋を見せてやりたいと思ったのでしょう。

治ることを信じて、病気と闘い抜き
結局は、無残にも身体中を病魔に蝕まれて亡くなった母でした。
最期の一瞬のときに見せた
一筋の涙には、計り知れない無念の思いがあったことでしょう。

でも、父にこんなにも深く愛され
大事に大事に思われてきた母を
私は、「幸せな人だったんだ」と思えるようになりました。

そして今、一人暮らしをしながら
不器用ながらも懸命に生きている父を
私は、人間として心から尊敬しています。

人それぞれ、色々な生き様があると思いますが
父の生き方を「凄い」と思います。

母の魂と一緒に、八十八箇所すべてを巡ったことにより
父の心の中にも、改めて「生きていく力」が沸いてきたのだと思います。

今の父は、いつも前を向いて歩いています。
これからも、母と一緒に「同行二人」の旅を続けるのだと思います。


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タイトル (本文) ブログ名/日時
父の作品
これは、父が精魂傾けて作った「作品」です。 ...続きを見る
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2006/07/24 00:32

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コメント(52件)

内 容 ニックネーム/日時
本当に“凄い”の一言しかありません。
深い深い愛。こんなにも深い愛を聞いたことがありません。
そして真っ直ぐな真っ直ぐなお父様の行き方。
一輪草さんのブログの記事やコメントへのお返事の真っ直ぐさの理由がわかったように思いました。
八十八箇所を歩き通されたその強い強い意志の力。表装を習いに行かれるという若々しいチャレンジの心。読んでいると背筋がシャンと伸びていくようです。
お父様の強くて深い愛に包まれてお母様はお幸せでしたね。そして今、お父様もお幸せなのだなと思いました。
素敵なお話しをありがとうございます。
自分の生きていく姿勢を振り返る良い機会にさせていただきます。
花猫
2006/01/15 21:27
私事ではありますが、今日は、私の母の月命日の日でした。今日の日に、この様な壮絶なお話を、拝読させていただき、不思議な感じをいたしました。不器用な父は、人前ではそのような素振りを見せたことがなかったので、母が亡くなった時、母の手を握り放そうとしなかったことを、驚きと共に、覚えています。
一輪草さんのお父様の、お母様への思いが、ひしひしと伝わってきました。お母様の無念な思いも、お父様の「同行二人」で、癒されますように・・・
美衣弥
2006/01/15 23:37
とてもすばらしいお話、ありがとうございます。
私自身の父と母に重ね合わせながら読ませて頂きました。
治ると信じて病と闘い続けた母の無念な思い、放心状態の父・・・
心の隅にしまい込んでいたあの時がよみがえりました。

一輪草さんのこんなにも深い思いに、ご両親はお幸せですね。
同じく一人暮らしでがんばっている私の父・・・
胸が痛くなるお話でした。
はっしい
2006/01/16 01:53
本当にいろんな人生があるんだなーと思います。
残された人生ーというのは本当に辛いでしょうね。
知り合いがいなくなってしまっただけでも辛いのに、まして愛する
連れ合いだったとしたら・・・
でも、きっとお母様はお父様のところにいらっしゃって
お父様と同じものを見て、一緒に笑ったり、喜んだり、励ましたり
されていらっしゃるのかもしれませんね。
生きるというのは本当に大変なことだなーと改めて感じました。
ありがとうございました。
空花
2006/01/16 08:49
素敵なお話になんてコメント入れようかと・・・迷っていました。お母様にとって「生きたい・・・!」という思いが強く伝わって来ました。きっと今頃は安らかな笑顔でお父様を見守っていらっしゃるのではないかと思います。だって一輪草さんが言うように、こんなに深い愛を捧げ、いたわり、自愛に満ちた心で接したご夫婦を見た事がないからです。
そんなお二人を見て育った一輪草さんだから、生きている全てのものに慈しむこころを持っているのですね。今日の記事は今の花にとってとても意味のあるものに感じました。

2006/01/16 10:01
実直に それ最大の 手向けなり
Akira
2006/01/16 10:19
いいお話を読ませていただいてありがとうございました。
ご自身の全霊を尽くして看病をささげたからこその、
お母様をなくした後の脱力感、どれほどつらかったことでしょう
四国八十八箇所めぐり、自分の体を痛めつけることによって
心に区切りをつけたかったようにも感じました。
同行二人も暖かい言葉ですね、生前ももちろん一緒に歩まれて
また今も、心の中にお母様をひと時も忘れず、
顔を上げ、自らの人生を歩まれているお父様の
これからの一日一日が安らかで実り多きものでありますように、、、

ドンとボスのママ
2006/01/16 12:39
突然逝かれるのも、最善を尽くした後に逝かれるのも
同じ様に悲しいものですね…時間が悲しみを癒してくれる!
そう思っていましたがそうでも無いのも知りました。
「同行二人」〜〜思いの深い言葉ですね。
素敵な話を聞かせて頂きました。<(_ _*)> アリガトォ

お父様の健康と、日々の安らぎが続きます様に〜〜(^^♪

satsuki
2006/01/16 13:35
世の中にはすばらしい方がおられるのですね。深い愛情をもって人を愛し人生を生き抜いておられるのに感動しました。生きる勇気を与えていただきました。ありがとうございます。
森の生活
2006/01/16 13:41
一輪草さん昨夜の内に何度も拝読させて頂きましたが・・・コメントが一番に書けませんでした。人間愛の原点 夫婦愛の原点 家族愛の原点を見せて頂いた気がしました。一輪草さんの心の底辺に流れているものはこの事なのでしょうね。生き方に一本の筋が通っている事を常に感じます。それはお母様がくださったある意味でのプレゼントでは・・?と私は思います。お辛かったでしょうがそれを乗り越えていらしゃるからです。それは本当に素晴らしい事だと思います。
遍路の町に住んで幾人かのお遍路さんにお会いします。それぞれの思いで歩いていらしゃる様子が解かります。誰しも同行二人で生きて行けます様にと願わずにはおれません。胸が痛くなりましたが感動しました。
かのこ
2006/01/16 13:42
かのこさんのおつしゃる事がよ〜く分かりますよ!めいママも何度もそんなことがあります。なかなか一番には書けないで読ませていただくだけで引き返す事が多いです。(ちょっと余談でしたね。。^^)
一輪草さんのお父様の深い愛情にはただただ感心するばかりです。そんなにも深く愛され大事にされていたお母様は、最高にお幸せだったと思います。本当に素敵なお父様ですね。感動いたしました。
めいママ
2006/01/16 21:54
「同行二人」を読んで、何度も何度も書き込みをしては消し・・ また書き・・ また消す・・ の繰り返しで、結局は、何の書き込みも出来ないけど、一輪草さんの、人(家族)に対する思い遣りが、春の日和のように、私の心を揺さぶり感動して、今、ここに立ちすくむだけです。あなたの飾り気のない言葉の一つ一つに真に感動して、「ありがとう」しか思いつかない、ちょっと酔いの壮でした^^;
壮士
2006/01/16 22:56
こんばんは^^う〜ん、本当に良いお話を読ませていただきました。
お父様のお母様に対しての深い愛情に、ただただ、感心いたします。

そして、うちの父と母をダブらせてしまいました。
私の父も、母が入院している時は、毎日病院まで出かけていました。
高齢なので、私は父の身体の事も心配でたまりませんでした。
だんだん、弱っていく母を間近かで見ていた父は、どんな気持ち
だったんでしょう・・・
母は、病気が治るものと信じていましたし・・・
きっと、精神的にかなり苦しんだと思います。

一輪草さん、これからもお父様を大事にしてあげてくださいね。
私も出来るだけ、父の顔を見に行こうと思ってます・・・

アガサ
2006/01/16 23:04
とても素晴らしい作品ですね。
お父様の心そのものが作品にも表れていて
言葉では表現できないです。
ほんと素晴らしいです。
このお話を読ませていただいて、
あらためて家族の愛情が素晴らしく、そして深いものだと、
知ることができました。
ありがとうございます。
ひろっぴ
2006/01/17 12:47
愛し連れ添った人への想い。
初めて出会った時から、お二人の思いは重なり、時が過ぎ去る事に絆は強まり、何かある事に深く結びついていく夫婦の愛。
お母様に対するお父様の深い愛(労い)と共に
お父様に対するお母様の直向きな愛を感じました。
皆様の幸せを心からお祈り致します。

チャティーはいかがお過ごしでしょうか?
マーティネス
2006/01/17 18:21
一輪草さん、こんばんは。
朝一番に、泣いてしまいました。
そして、私も自分の両親を思いました。
そして、やはりこの両親の子どもでよかったと
心から思っていました。
そんなことを思い起こさせてくれた、
この記事を書いてくれた一輪草さんと
素敵なお父様、お母様に、感謝です!
本当にありがとうございます。
wakka
2006/01/17 18:34
お母様が亡くなられたときの お父様の悲しみの中で
一輪草さんの深い悲しみは
そっとご自分でしまっておいたのでしょう
tasami
2006/01/17 20:47
こんばんは〜続けてのコメントでごめんなさい・・・
今日は、「1.17」です。阪神淡路大震災から11年経ったのですね。
ご主人も神戸出身だとおっしゃっていたので、いろんな思いがおありでしょう・・・

震災のために、今もたくさんの人が苦しんでおられるでしょう。
少しでも、元気に明るく過ごせますように・・・
そして、不幸にも亡くなられた方のご冥福をあらためてお祈りします。
アガサ
2006/01/17 22:50

おはようございます。
素晴らしいお話ですね。
亡くなられたお母さんに対するお父さんの
「愛」が素晴らしいですね。
千キロ以上の道程を歩き通したはお父さんは勿論
時間を捻出してお父さんに何度も同行した
一輪草さんも素晴らしいですよ。
お父さんにそこまでさせた亡くなられたお母さんも
素晴らしい方だったのでしょう。
お父さんは納経帳を最後の表装まで自分で仕上げ
はじめて魂が浄化されたと思ったことでしょう。
この納経帳は「愛」の集大成ですね。
何時までも家宝にしてください。

話は変わりますが先週から風邪をひいてしまい
おかしな時間に書き込んでいます。娘の風邪が治ったと思ったら
急に咳き込みが始りました(^^)
まだまだ寒い日が続きます。一輪草さんもお体には
気をつけてください。





リーゼント
2006/01/18 10:15
色々な思いが交錯しています。
3回目ですここに来たのは・・・
その都度何を書いても軽い言葉のように思えて、コメントしないで帰りました。
今もやはり軽々しい言葉は使えないなって思っています。
ごめんなさい。
ろこ
2006/01/18 21:33
花猫さん、こんばんは。本当にいつもありがとうございます。一番に書き込んでくださったのに、2、3日バタバタとしてこんなに遅くなりました。ごめんなさい。記事が1000回を迎えられたのですね。本当におめでとうございます。添えられている言葉。。“丁寧に生きる”“丁寧にお付き合いする”。。花猫さんらしい言葉ですね。私も「丁寧に生きる」ということに、もろ手をあげて共感できます。私も、そんな風に生きていきたいです。花猫さんが寄せてくださったコメントを何度も読み返しました。本当にうれしかったです。母は、乳がんから端を発して、亡くなったときにはありとあらゆるがん細胞に侵されていました。花猫さん、もしよかったら6月の「母の思いで」を読んでくださいますか。花猫さんは読んでいただきたいです。母の苦しみばかりに目がいっていましたが、父のことを思ったとき「本当に幸せだったんだ」と思えるようになったのは極最近ですね。自分に何もできなかったことも長い間悔やんでいました。続く
一輪草
2006/01/18 21:54
おはようございます。
素晴らしい夫婦愛をお聞かせ頂いて、とても感動しております。
今でもそそがれている“愛”には、つくづく感嘆します。
表装技術で仕上げた八十八箇所巡りの納経帳による掛け軸もすばらしいですね。
一輪草さんの記事やコメントを拝見していると、このような夫婦愛の基で育まれた証左が滲み出ている様な気がいたします。
ロボット
2006/01/19 08:00
美衣弥 さん、こんにちは。ありがとうございます。ちょっとバタバタしていたものですから、お返事が遅くなってごめんなさいね。昨夜張り切ってパソコンの前に座ったのですが、全然書き込みができなくてとうとう断念しました。お母様の月命日は15でしたね。美衣弥と出会った頃は、12月の月命日の頃でした。月ごとにしっかり供養をしてあげて、お母様も幸せですね。亡くなられたとき、手を握って離さなかった。。とってもよく分かります。父も、とっても不器用で人前で感情を表現するのは苦手なほうです。でも母が息をひきとったとき、額に口付けをしていました。そんな父を見て私も驚いたのを今でも覚えています。美衣弥さんのお父様と同じですね。どんなに思いが深いか、亡くなって初めて分かったような気がします。これからは、残された父を大事に見守っていきましょうね。
一輪草
2006/01/19 12:49
はっしいさん、こんにちは。いつも本当にありがとうございます。お返事がこんなに遅くなって本当にごめんね。はっしいさんのお母様も、私の母と同じ病気だったのかもしれませんね。母もね、「5年経過すれば大丈夫」という声を心のよりどころにして闘い抜いたんですね。でも7年後に再発して、それからは体中にがん細胞が侵入していきました。いかに無念であったか。。母が亡くなった後、日記帳が出てきたんですね。それを読んで衝撃をうけました。はっしいさんのお父様のお気持ちも私の父と同じですね。ほんと!人が変わったように放心状態。。このまま父も逝ってしまうのではないかと思ったほどです。はっしいさんのお父様は今は岡山で一人暮らしをされているのですね。きっと気丈に頑張っておられるのでしょう。はっしいさんとの再会を楽しみにされていることでしょう。
一輪草
2006/01/19 12:58
空花さん、こんにちは。いつもありがとうございます。お返事が遅くなって本当にごめんなさいね。実は、長女がまた流産しそうになっているため孫をちょっと預かっていたんです。母と娘の体質って、こうまで似るものなのかなあって、ちょっと切ない気持ちになっています。生きることも難しいけど、新しい命が誕生するってことも本当に難しいことですね。毎日母の写真に向かって祈っています。母は、入退院を繰り返し、そのたびに病魔が体中を蝕んでいきましたから苦しい顔だけが心に残っているんですね。それはそれは壮絶な闘いでしたから。でも、「幸せな人だったんだ」と思えるようになったのは極最近のことです。空花さんが書いてくださっているように、母はいつも父のことを見守ってくれているのだと思います
一輪草
2006/01/19 13:07
花さん、こんにちは。いつもありがとうございます。お返事が遅くなってごめんなさいね。「意味のあるものに感じた」。。こんな風に受け止めてくださって本当に嬉しいです。ほんとは、更新した後、「書かないほうがよかったのでは」なんて不安に思ったりもしました。でも花さんのコメントを読んでほっとしています。「生きたい」という気持ちはすさまじかったですね。乳がんの権威のある先生の名前を調べてノートに書き込んでいました。どの病院でどんな治療をしているかとか。。でも、私も父も、一番近い病院に入院させたのです。母のためにはそれが一番だと思って。。
だから母が亡くなった後、そのノートを見たときはショックでしたね。
父が八十八箇所巡りを始めたのは、母にたいするお詫びだったのかもしれません。花さん、本当にありがとう。
一輪草
2006/01/19 13:16
Akiraさん、こんにちは。いつもありがとうございます。お返事がこんなに遅くなって申し訳ありません。父にとっても、母にとっても、とても嬉しい句です。「実直」という言葉、または「誠実」という言葉は私も大好きです。父は不器用な人間ですが、本当にそんな言葉通りの人間なのですね。母の病気が進行して「休職」手続きをとったとき、会社からは随分非難されたり、同僚からも色々言われたみたいです。父の友人から聞いたことなんですけど。その当時は、そんな時代でした。でも父の気持ちは全く揺るぎがなくて真っ直ぐに母のほうを向いていました。そんな父の姿を、私は「人間的だ」と思うのです。父が実直だったからこそ、苦しみぬいた母の魂も安らぐことができたのだと思います。父に、届けてやりたいような句を詠んでいただき、本当にありがとうございます。
一輪草
2006/01/19 13:26
ドンとボスのママさん、こんにちは。いつも本当に温かいコメントをありがとうございます。なんだかほっとします。(*^-^)ママさんって、いい方なんでしょうね。ほんとにそう思います。全身全霊で。。こんな言葉がありますが、父の介護は本当にそんな感じでしたね。仕事を休職しての介護でしたから、心無いことも色々言われたようです。今とはまるで時代が違いますからね。でも、父がいてくれたからこそ、母の魂は安らぐことができたのだと思います。肉体的には、とても見ていられないくらいの苦しみようでしたから。あの頃は本当に苦しい時期でした。ママさんが言われるように「自分の身体を痛めつけることで区切りをつけたい」。。本当にそんな気持ちもあったのかもしれませんね。だからこそ、過酷な歩き遍路の旅を選択したのかもしれません。でもそれで父も救われたのだと思います
一輪草
2006/01/19 13:37
satsukiさん、こんにちは、いつもありがとう。バタバタして、お返事がこんなに遅くなりました。折角のホームページにもなかなかお邪魔できなくてごめんなさいね。突然逝かれるって、どんな感じなのでしょう。父の場合は全身全霊で介護ができたから、やっぱりその方が幸せだったのかもしれませんね。悲しみは深いけど、それだけ苦しい時間を共有できたのですから。satsukiさんのご両親も、とても仲のよいご夫婦でしたよね。私の両親も、本当に仲むつまじかったのです。不器用な父に、よくしゃべる明るい母でしたから、お互いにないところをカバーしていたのかなあ。
母が亡くなってから、いっそう父の凄さを感じましたね。「夫婦って、こんなものなんだなあ」ってしみじみ感じさせられました。私も、そんな風に歩いていけたらと思うようになったこのごろです。
一輪草
2006/01/19 13:47
森の生活さん、こんにちは。いつも温かいコメントをありがとうございます。お返事がこんなに遅くなって本当に申し訳ありません。父は、「素晴らしい人」なんかではありませんが、嘘いつわりのない、実直そのものの人間なんですね。だからこそ、何物にも迷うことなく、一途に母に向き合えたのだと思います。仕事人間であったはずの父が、なんのためらいもなく「休職」という道を選びましたから。娘である私にとっても、ただただ驚くばかりでした。肉体的には想像すらできない苦しみ様でしたから、父が傍にいることで精神が救われたのだと思います。父と母を見ていると「夫婦っていいもんだなあ」そう思えます。私も、そんな風に歩いていけたらいいなあって思っています。ありがとうございました。
一輪草
2006/01/19 13:55
かのこさん、こんにちは。たまにしかお邪魔できないのに、いつもありがとうございます。お返事が遅くなって本当にごめんなさいね。かのこさんって本当にいいかたですね。コメントを読ませていただくとお人柄が伝わってきます。「夫婦愛の原点」。。そんな風に受け止めてくださってありがとうございます。夫婦の歴史には、山あり谷あり、嵐ありですが、一番苦しいときにこんな風に時間と心を共有できるなんて、やっぱり凄いと思います。父にとって、八十八箇所巡りは、一つの大きな区切りだったのでしょうね。その思いがすべて達成され、父の心も随分救われたのだと思います。かのこさんは四国の方でしたよね。お接待の経験はおありですか。あのほっとするような安らぎはどこからくるのでしょう。父は勿論ですが、私もsのときの嬉しさは一生涯忘れることはないと思います。
一輪草
2006/01/19 14:04
めいママさん、こんにちは、いつもありがとうございます。お返事が遅くなって本当にごめんなさいね。結婚された娘さん、お元気にされていますか。長女はね、今また流産の心配があるんです。それでちょっと孫を預かっていました。母親と娘の体質って、こんなにも似るものなのでしょうか。ちょっと切ない気持ちになっています。私は、何かあるといつも母に向かって祈っています。めいママさんもそんなことはないですか。ずっと見守ってくれているような気がするんですね。父のことは勿論、私の大事な人全てを。今、父はあらゆることを乗り越えて、本当に父らしく生きています。その日その日を誠実に。。そんな父の姿を母がにこにこしながら見てくれているのでしょう。
一輪草
2006/01/19 14:12
壮士さん、こんにちは。いつもありがとうございます。まだまだ大雪の日が続いていると思います。お仕事の方、大変でしょうね。また怒りマークを浮かべながら頑張っておられることでしょう。(*^-^)壮士さんのお母様が亡くなったときのお気持ち。。いつか話してくださいましたね。突然の別れでした。それにひきかえ、父のように、長い時間をかけて母のためにその日を過ごし、苦しいときを共有できたことは幸せですよね。そのときは、ただただ母がかわいそうで、哀れで見ていられませんでしたが、今は心から「幸せな人だった」と思えますね。それだけ私も年をとったということだと思います。年を重ねるにつれて、見えてくるものってありますよね。父も、母も一生懸命に生きて、私にとっては自慢の両親です。壮士さんにとってもきっとそうだと思います。お父様はお元気でいらっしゃいますか。
一輪草
2006/01/19 14:21
アガサさん、こんにちは。いつもありがとう。なかなかお邪魔できなくてごめんなさいね。体調のほうは大丈夫ですか。外回りのお仕事。。大変でしょう。しっかり着込んで、風邪ひかないようにね。手洗いとうがいの励行を!ね!アガサさんのお母様もさぞや無念だったことでしょうね。そんな思いが手に取るように分かるお父様もどんなに苦しかったことでしょう。夫婦って、そんなものなんですよね。父と母を見ていて、「あ〜、これが夫婦っていうものなんだなあ」そう思っていました。アガサさんもきっとそうですよね。目に見えない心の糸でしっかり繋がっている。。決してきれいごとではなく、本当にそんな感じでした。私達も、そんな風に生きていけたらいいなあって思います。アガサさん、これからは残された父を見守っていきましょうね。お互いよく似た境遇ですね。
一輪草
2006/01/19 14:29
ひろっぴさん、こんにちは。いつもありがとうございます。県北は雪景色でしょうか。こちらはまぶしい日差しが差し込んでいます。父の作品を褒めていただき本当に嬉しいです。歩き遍路を始めて、この作品が完成するまでは、ほんと気の遠くなるような年月なんですね。若くない父がよく頑張ったものだと思います。実際に見たら、娘の私ですら感心するくらい丁寧に丁寧に仕上げているんですね。まさに「心そのものが作品に表れている」という感じです。父の思いを少しでもたくさん届けたくて、写真をできるだけ大きくしてみました。(*^-^)だから、ひろっぴさんのコメントはとっても嬉しいです。ありがとう。ひろっぴさんも、家族の繋がりをとても大事にされる方ですから、きっと父と母のような「ふたり」になれますよ。私も、こんな風に二人で歩いていけたらいいなあって思います。
一輪草
2006/01/19 14:37
マーティネスさん、こんにちは、いつもありがとう。(*^-^)お返事が遅くなって本当にごめんなさいね。今回も、壮士さん、アガサさん、そして
マーティネスさんと、3人が揃ってきてくださいました。嬉しいですね。
最初に出会って思いが重なって、やがて絆が強まって、なにかあるたびに絆が深まっていく。。本当にそのとおりですよね。夫婦って、本当にその通りだと思います。何か苦しいことやつらいことがあるたびに、絆は深まっていく。。父と母は本当にそのまんまでした。入退院を何度も繰り返し、体中にありとあらゆるがん細胞が散らばったとき、父はかたときも母の傍を離れませんでしたから。。長年連れ添ってきた絆がそうさせたのでしょうね。マーティネスさんのところもそんな感じではないですか。年を重ねるごとに絆が深まっていくようになりたいですね。チャティーのことありがとうございます。もう自力では起き上がれません。だから懸命に鳴いて呼びます。片方の足が地につかないので立ってもすぐにころげます。
かわいそうで見ていられないけど、仕方ないです。本当にありがとう。
一輪草
2006/01/19 14:54
wakkaさん、こんにちは。ほんとにたまにしかお邪魔できないのに、いつもありがとう。温かいコメントにこちらこそほっと救われています。若い30代のwakkaさんとお友達になれて本当によかったです。私はこう見えてもうじうじと考えてしまうほうなんですね。記事を更新した後も、「書くべきではなかったのでは」なんてよく思うことがあるんです。でもwakkaさんのような見方をしてくださって本当に嬉しいです。「この両親の子供でよかった」。。こんな風に思えるなんてwakkaさんも幸せですね。そしてそう思えるように育てていただいたことにも感謝ですね。私もほんとに「この両親の娘でよかった」って思えます。そして感謝しています。その気持ちは、自分が年を重ねるたびに強くなっていきますね。そして母を懐かしむ気持ちも。。wakkaさんは、ご両親ともまだお若いのですから、大事にしてあげてくださいね。これから親孝行がたくさんできますね。今のwakkaさんのような気持ちがある以上、ご両親もお幸せです。
一輪草
2006/01/19 15:18
tasamiさん、こんにちは。いつもありがとうございます。バタバタしていてお返事がこんなに遅くなってしまいました。申し訳ありません。 tasamiさんのコメントを何度か読み返してみました。本当にそのとおりだと思います。母がなくなった後の父の姿はあまりにもいたわしかったですね。父は、細身なのですが、その体がいっそう細く思われましたから。
父がこのまんま逝ってしまうのではないかと、妹とそればかり心配していました。だから自分自身のことどころではなかったですね。母が亡くなったという実感もありませんでしたし、寂しさがどっと押し寄せてきたのも随分後になってからだったように思います。そして、自分にはなんにもできなかったという後悔が押し寄せてきて、随分落ち込んだ時期もありました。みんなみんな、そういう時期を乗り越えて、今の私達があるんですよね。そうやって、いつのまにか、人は、悲しみから立ち上がっていくんですよね。それが、残されたもののつとめであり、供養にもなるのだと思います。父も、今はいかにも実直な父らしく、一日一日を過ごしています。
一輪草
2006/01/19 15:29
アガサさん、こんにちは、再びありがとう。大事なコメントを本当にありがとう。阪神淡路大震災からもう11年が経過します。いつかお話しましたか。主人の実家は須磨区でした。あの日、長田区のほうから押し寄せてきた火は、主人の実家を丸ごと飲み込んでしまいました。義母と義父は、がれきの下から近所の方に助けだされ、命だけは助かりました。主人が深夜の2時にやっとのおもいで神戸に到着したとき、どこもかしこも火の海で、気が狂ったように避難所を探し歩いたそうです。あのときの恐ろしさは消えることはありません。主人の実家の近くでも、たくさんの方が亡くなられました。絶対に忘れられない日です。昨日、私と主人は岡山で鎮魂の灯をともしました。毎年恒例になりました。そして神戸の義母と話をしました。絶対に忘れてはいけない一日です。アガサさんのまわりには、被害を受けられた方はおられませんか。
一輪草
2006/01/19 15:39
リーゼントさん、こんにちは、いつもありがとうございます。風邪のほうはいかがですか。早く治るといいですね。私は卵油を飲み始めてもう12年になりますが、風邪を本当にひかなくなりました。いいですよ。(*^-^)
父は、母のあまりの苦しみ様を何年も見続けていたので、そのままにできない気持ちだったのでしょうね。八十八箇所を、自分の足で巡ることにより母の魂を少しでも慰めたいと思ったのでしょう。末期がんの苦しみは、言葉に言い表せるものではありません。母も救われたけど、父自身も随分救われたことでしょう。だから、お参りが終わって表装を習いに行く気力も生まれたのでしょう。私も、もう少ししたら、残りの霊場を歩いてみたいと思っています。夫婦の絆って、深いものですね。それを見せてくれた両親に私は感謝しています。そして、私も同じような道を歩きたいと思っています。
一輪草
2006/01/19 15:48
ろこさん、こんにちは。いつもありがとうございます。3回もここを覗いてくださったとか。。本当にありがとう。それだけで十分です。コメントがなかなか書けないというろこさんの気持ちが何よりも嬉しいです。本当にありがとう。私は、プライベートな記事をよく書きます。勿論、お花や自然の記事も大好きです。でも、自分の中にある「思い」のようなものも
自分なりに表現していきたいなあって思ってしまいます。書いた後で、「やっぱり書かないほうがよかったかなあ」なんて、うじうじ思う私なんですが。。(*^-^)でも、こうやって皆さんが思ったことを書き込んでくださると、やっぱり「書いてよかった」と思うし、自分の「心の足跡」のようにも思えてきます。自分のブログですから、自分らしく書いていけばいいと思ってはいるんです。(*^-^)ろこさんって、本当にいいかたですね。
改めてそう思います。こんな私ですが、これからもよろしくお願いします
一輪草
2006/01/19 15:56
ロボットさん、こんにちは。いつもありがとうございます。ロボットさんのお部屋でもほほえましい「夫婦愛」をたくさん感じさせていただいています。(*^-^)絆って、いいもんですね。山あり、谷あり、嵐も吹けば、大型台風もくる。でも、そのたんびに、少しずつ、ほんの少しずつ、絆が強くなっていくのがいいですね。そうやって長い年月をかけて積み重ねてきたものが、本物の「夫婦愛」なんでしょうね。父と母を見ていると、私達が子供の頃から本当に仲がよかったです。おしゃべりで明るい母が実直な父をもりたてていたのかもしれません。だからこそ父の中に、母を思いやるゆるぎない気持ちがあるのでしょうね。私も、こんな風に年をとっていけたらいいなあって思います。ロボットさんもそうでしょうか。(*^-^)
ロボットさんのブログでも、楽しい会話をまた楽しみにしていますから。
一輪草
2006/01/19 16:08
今まで何度か記事を拝見させていただいてましたが、なかなかコメントを残す事ができませんでした。
でも、今日は勇気をだして足跡残しますね。
いいお話を読ませていただきました。
パソコン画面の前で釘付けです。
家庭の中では夫婦の関係が一番大切。
お母さまをとっても深く愛してらっしゃった、(いえ、きっと今現在も)お父さま。
そんな幸せなご家庭で育った一輪草さんのお人柄が想像できます。
この世に治らぬ病気がどうしてあるのでしょう。
一人暮らしのお父さま、大切になさってくださいね。
勝手ながら、、、ブログリストに登録させてくださいね。
ろっころん
2006/01/19 21:17
ろっころんさん、こんばんは。初めまして。私のブログに来てくださって本当にありがとうございます。今までも何度か覗いてくださっていたんですね。嬉しいです。今日は思い切って足跡を残してくださりありがとう。
父と母は本当にささやかなどこにでもいるような夫婦でした。でも、子供ながらにいいなあって思ったことは二人が仲がいいんですね。だから、私も妹も親の顔色を見たりしないでのびのびと過ごすことができたように思います。そのことをとても感謝しています。二人で乗り越えたかったのでしょうけど、ガン末期の症状はどうすることもできませんね。母の苦しみが相当なものだったから、父も「遍路旅」に救いを求めたのだと思います。なんとか、魂が安らぐように。。そして父も心に区切りがついたのでしょうね。そんな父の娘でよかったと思います。ろっころんさん、温かいコメントをありがとうございました。よかったら、ブログのアドレスを教えてくださいませんか。よろしくお願いします。今日はほんとにありがとう!また一つ嬉しい出逢いになりました。(*^-^)
一輪草
2006/01/19 23:40
早速の温かいお返事ありがとうございます。
ブログリスト登録のお願いをしておきながら、こちらのブログアドレスをお知らせしていなかったなんて、、、失礼いたしました。
(コメント欄にアドレスを記載する欄がなかったもので、、つい。)
ここ本文に書かせていただきますね。
http://rokkoron.jugem.jp/
拙いブログですがお時間ありましたら覗いてみてください。
こちらこそ、うれしい出会いに感謝です♪
ろっころん
2006/01/20 09:19
お父様が、生涯の伴侶を亡くされてから今日まで歩んでこられた道のりの遠さ、苦悩から浄化への過程の長さは、娘さんの一輪草さんにも計り知れないものがおありだったことでしょう。素晴らしいお父様、お母様、そして一輪草さん(^-^)
いいお話を読ませていただき、ほんとうにありがとうございましたm(__)m
みけ
2006/01/20 17:05
ろっころんさん、こんばんは。
アドレスを書いてくださってありがとうございます。それに私のブログにリンクを貼っていただきありがとうございます。私も、さっそくお気に入りに登録させていただきました。(*^-^)
ろっころんさんは、神戸の方なんですね。さきほどお邪魔して嬉しい気持ちをいっぱい書き込んできました。こんな偶然もあるんですね。
ネットの世界での不思議なご縁をまたまた感じて嬉しくなっています。
これからもよろしくお願いしますね。(*^-^)
一輪草
2006/01/21 01:04
みけさん、こんばんは。いつもありがとうございます。
たくさんコメントしてくださってありがとね。(*^-^)
父は、今こそ元気に、父らしく生きていますが、ここに至るまでの道のりは本当に遠いものだったと思います。「苦悩から浄化への過程」。。みけさん!この表現が凄いです。まさしく、父が歩いた道のりをぴったりと表現してくださいましたね。八十八箇所を自分の足で歩き通すことにより、母の魂も父の心も救われたのだと思います。人間って、なにかにすがりたい。。なにかに挽きつけられるように歩き出すことって、本当にあるんですね。父を見ていて、本当にそう感じました。私もね、主人が退職したら
じっくり歩き遍路を始めたいと思っています。みけさん、温かいコメントを本当にありがとうございました。嬉しかったです。
一輪草
2006/01/21 01:13
お父様すばらしいですね。
お母様、早くに亡くなられて残念なことですけど、こんなすばらしい愛に包まれていらして幸せですね。
そしてそご両親の元に生まれ育まれた一輪草さん姉妹も。

小説読んでいるようでした。
☆〜〜

瓦 ☆〜〜
2006/01/23 19:48
瓦 ☆〜〜さん、こんばんは。ありがとうございます。ご無沙汰していますがお元気でしたか。ちょっとバタバタしてみなさんのブログ巡りもご無沙汰しています。ごめんなさいね。父は、あんまり口数も多くなく、母とは対照的でした。母は、とっても明るくて気さくで、誰とでもすぐに打ち解けるのです。入院していたときも、病室のみなさんと仲良くなってね。葬儀のときには、遠くからみなさんが来てくださいました。母は、静かな父にきっと頼っていたのでしょうね。末期ガンの症状が表れ、のた打ち回るような苦しみを見てきましたが、父の存在はとっても大きかったと思います。傍で見ていても「本物の夫婦って、こんな姿なんだろう」って思いましたものね。八十八箇所全てを巡ったとき、母の魂も父の魂も救われたのでしょうね。それをやり遂げた父を、凄いと思います。そして。そんな両親の元で育ったこともやっぱりありがたいと思いますね。「小説読んでいるよう」。。瓦さん、どうもありがとう。父のことを書いて本当によかったと思います。書いた後で、またまたうじうじと考えていたのですが。。
一輪草
2006/01/24 00:08
御朱印ですね、きっと私の母と話が合うでしょうね、一輪草さんのお父様は。私の母も伯母(母の姉)の病気を機に秩父八十八箇所めぐりをはじめ、坂東八十八箇所、四国八十八箇所など廻っています。伯母の棺には一緒に入れてあげました。今、私が信州にいるので信州八十八箇所を来るたびに廻ってます、私も何度か付き合っていますよ(一輪草さんと同じですね)。
なかにはご住職から素敵なお話を聞けてなかなか楽しいですよ。
母はご不幸があると惜しげもなく御朱印をその方の棺に入れます。そんな母が私は嬉しく眺めています。
とりちゃん
2006/01/26 23:30
一輪草さんの文章を読んでいて、涙が出てきました。そして、コメントを目にした時、涙が流れました。凄い話ですね。私は父から一杯勇気を貰いました。兄は父の癌の手術はしなければ良かったと、なくなった今、言ってます。母は倒れて、今ホームで3年を過ぎましたが、目が見えなくなり、一番かわいがってくれた私のこともあまり思い出せないようです。でも、生きていてくれるだけでうれしいものです。皆でお四国さんに行って、喜んでいた日が懐かしいです。素晴らしい話、ありがとうございました。勇気と感動を頂きました。
sakuragipo
2006/04/10 13:00

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