同行二人

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これは、長い年月をかけて
父が完成させた作品です。


毎年、母の命日が近づくと、箱の中から大事そうに出してきて
床の間に飾っています。
父が、母のために、そして父自身のために作った作品なのです。

母の命日が近づいた今、父のことを話したくなりました。
母が亡くなって、もう随分年月が流れました。

壮絶な病との闘いを、いつも傍らで見守り続けてきた父です。
きっと、息が止まるような思いで母の姿を見てきたに違いありません。
余りの悲惨さに、「逃げだしたい!」と思ったことが何度もあったことでしょう。

でも、父は、いつも母と一緒でした。
その頃の父は、母の病気と共に闘うために
「休職」という道を選択しました。

まだ若かった母は、まさに石ころが坂道を転がり落ちるような勢いで
病魔に侵されていったからです。

母が亡くなったあと、
父には長い間放心状態が続きました。
母の介護では、あれだけ気丈な姿を見せていた父が
まるで人が変わったかのように気力が萎えてしまいました。

そんな父が元気を取り戻すきっかけになったのは
四国八十八箇所の霊場巡りでした。
歩き遍路の旅に巡り合えたことです。
あるとき、歩き遍路の旅を続けておられる方の姿がテレビで放映されました。
それを見ていた父には、心にぐっとくるものがあったのでしょう。

それから、仕事の合間を縫うようにして、何度も何度も四国に渡り
お遍路さんの旅を続けました。
私も、長期の休みのときは
何度か父と一緒に歩いたことがあります

「同行二人」……。
私は、この言葉がとても好きです。
弘法大師様の御心と一緒に歩く。。
亡くなった人を思いながら、その方の魂と一緒に歩く。
自分の心と向き合いながら、自分自身と共に歩く。。
「同行二人」の意味には色々な解釈があることでしょう。

父は、母の魂と共に歩きました。

人間の心の中に宿ると言う、八十八の煩悩・・・
煩悩と闘いながら、あるいはそれを打ち消すための遍路の旅。
無心の境地を開くための旅。
自分自身を厳しく律するための旅。。
または、内なる願い事を、何としてでも叶えたいがために歩き出す旅。

父にとっては、どんな旅だったのでしょう。
最後の最後まで苦しみぬいた母の魂を、せめて慰めてやりたい
母の魂に、すこしでも安らぎを与えてやりたい……。
そんな気持ちではなかったのかと思うのです。

父は、母の写真を首にかけて、母の魂と一緒に歩き続けました。
地元の方から、心温かい「おせったい」を随所で受けながら
心静かに旅を続けることができたそうです。
たくさんのお遍路さんと言葉をかわし、何度も慰められたそうです。
同じような立場の方にも出会えたとか……


父の旅はいったい何日かかったことでしょう。
それは、今から考えても気の遠くなるような年月でした。
総延長、1200キロから1400キロとも言われています。
よくも全てを歩き通せたものだと思います。
父の執念のようなものでしょうか。
八十八箇所全てを巡ったとき、初めて母の魂が浄化されると思ったのかもしれません。
この世に、ありとあらゆる思いを残しながら逝った母ですから。


霊場を廻るたびに、納経帳を差し出します。
各霊場の方が、流れるような達筆で納経帳に書き入れてくださいます。
各霊場の朱印を押していただき、お札と一緒に受け取るのです。

般若心経を唱えながら、父の旅ははてしなく続きました。
ベッドの上に正座して、毎日のように「般若心経」を唱えていた母です。
そんな母の姿を思い起こしながら、きっと母と一緒に唱えていたのでしょう。

遂に!本当に遂に!八十八箇所すべてをお参りした父は
仏様の様な穏かな顔をして帰ってきました。
そして、最後の旅から帰ってくるやいなや、「表装」の仕方を習い始めたのです。
納経帳を、自分の手で作品に仕上げたかったのでしょう。

父は、もともと器用な人でした。
何年か、「表装の教室」に通ううちに、いかにも実直な父らしい
丁寧な作品を仕上げることができるようになりました。

そして、表装の技術をすっかり自分のものにした父は
地になる布を心を籠めて選び
八十八箇所巡りの納経帳を丁寧に丁寧にはりつけ
大きなかけ軸に仕上げたのです。

精魂籠めて作り上げた掛け軸を、
父は今年もまた、母の遺影の後ろに静かに吊り下げました。



「これほどまでに大事にされた人がいるのだろうか。」
年を重ねるにつれて、そんな風に思うことが多くなりました。

1988年。。。
瀬戸大橋が開通した年です。
父は、またまた母の写真を首からかけて
ウオーキングに参加しました。
一日だけ、開通したばかりの瀬戸大橋を歩いて渡れる日があったのです。

穏かな瀬戸内の海や、島々が大好きだった母に
夢の架け橋を見せてやりたいと思ったのでしょう。

治ることを信じて、病気と闘い抜き
結局は、無残にも身体中を病魔に蝕まれて亡くなった母でした。
最期の一瞬のときに見せた
一筋の涙には、計り知れない無念の思いがあったことでしょう。

でも、父にこんなにも深く愛され
大事に大事に思われてきた母を
私は、「幸せな人だったんだ」と思えるようになりました。

そして今、一人暮らしをしながら
不器用ながらも懸命に生きている父を
私は、人間として心から尊敬しています。

人それぞれ、色々な生き様があると思いますが
父の生き方を「凄い」と思います。

母の魂と一緒に、八十八箇所すべてを巡ったことにより
父の心の中にも、改めて「生きていく力」が沸いてきたのだと思います。

今の父は、いつも前を向いて歩いています。
これからも、母と一緒に「同行二人」の旅を続けるのだと思います。


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